東京高等裁判所 昭和40年(う)1070号 判決
被告人 林徹 外一名
〔抄 録〕
次に所論は、原判決が本件各戸籍謄本作成の所為を、刑法第百五十五条の有形偽造に問擬したのは誤で、すべからく本件は刑法第百五十六条の無形偽造に問擬すべきであり、被告人林は相被告人藤川の身分犯に対する身分がないものの加功として刑法第六十五条を適用し刑法第百五十七条により処断すべきであるというのである。
しかしながら、戸籍事務は市町村長の管掌すべきものであつて、市町村長が事故がある場合には地方自治法第百五十二条第一項の定めるところによりその代理者が定められているが、その他の場合においては市町村長が任意にその事務を部下の吏員に委任し又は臨時に代理させるということは認められず、慣行として事務が委任され又は代理されているということも正当とは認められないわけである。それ故、たとえ市町村吏員が市町村長の補助者として戸籍事務の処理に当る場合において、事実上は一切の戸籍事務をまかされて処理しているように見える場合でも、それは法律上は単に市町村長の手足として、いわば機械的事務に従事しているものと認むべきで、戸籍事務について一般的権限を有するものとは認め難く、従つて、「例えばこのような補助者たる吏員が擅に行使の目的をもつて内容虚偽の戸籍謄本を作成するような所為は、刑法第百五十六条の罪を構成するものとすべきではなく、同法第百五十五条の罪を構成するものと認むべきであるといわなければならない」。もつとも市町村の戸籍係吏員の立場をこのようにして置くということの当否については議論もあり得るが、現行法上の解釈としては以上のように解釈をせざるを得ないというべきである。(当審における星智孝の証言参照。)所論は、諸種の判決例を挙げて、その所論の裏付けを試みているが、所論引用の判決はいずれも本件とは事実関係を異にし本件を律するには適切ではなく、当裁判所としては以上の点については大審院大正五年十二月十六日付判決の趣旨を依然維持すべきものと認める次第である。而して、これを本件についてみるに、相被告人藤川は、大佐和町役場の住民係長として戸籍事務等に従事していたものであるが、町長の専権に属する戸籍謄本作成の事務につき、町長の手足としてこれを補佐することはできるが、自らこれを作成する権限ないし町長の代理としてこれを作成する権限を有していなかつたと認められるのであるから、同人が行使の目的をもつて擅に内容虚偽の戸籍謄本を作成することは、刑法第百五十六条の間接正犯であるとすべきではなく、同法第百五十五条の有形偽造罪を構成すべきものといわなければならない。果して然らば、右趣旨に副つていると認められる原判決の法律の適用は正当であり、従つて被告人林の所為については刑法第六十五条を適用した上同法第百五十七条を適用処断するのが正当であるとの所論もその前提を失うわけであつて、所論は理由がないというべきである。
(久永 井波 宮後)